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偶成天
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    森の休日社 特集記事

    他アート

    偶成天(暗黒舞踏)


    他民族音楽の関連で偶成天の舞台を観る機会に恵まれました。故にそこを中心にこの記事を書きます。

    森田一踏さんと竹内実花さんは偶成天という暗黒舞踏のユニットで活動し、
    国内のみならずアメリカ、カナダ、西欧、東欧諸国、オーストラリア等でも高い評価を得ています。
    そしてダンサーとしてだけでなく、ダンスセラピーのセラピストとしても活躍し病院や大学等で
    ワークショップも開いてきました。

    偶成天の舞台や映画「ねじ式」やビデオで、私は幾つかの「暗黒舞踏」を観たことがあります。
    創始者の土方巽氏は「暗黒舞踏は命がけで突っ立った死体」である、と定義したと。
    白塗り、痙攣、坊主頭、脱力、ねじれ等一度観たら忘れられない異形の踊り。

    実は私は「暗黒舞踏」はそれ程好みのダンスではありません。
    でも機会があれば観るし、好みでないながらも素晴らしいと思っています。
    そしてそういう中で偶成天の舞踏は、ファンにもなれました。

    一般に「暗黒舞踏」自体は、私の個人的な印象としては文明の産物だと思いました。

    人間という自然の生き物が、文明という人工的な枠の中で生きるとこんなにズタズタに傷ついて
    しまうということ。そのズタズタになって歪められたしまった部分の自分を切り取って、
    内臓をひっくり返すようにして踊ってみせて、解放による一種の浄化、自己救済を観客に促すプロセス。

    怯えや歪み、嫉妬や恐れ、憎悪や邪悪さ、弱さと醜さ、狂気と逃避、エロティシズム、
    野蛮で根源的な力。そして強い肯定の意志。
    観客の誰もが、人間なら誰もが持ってはいる内面の一部分を強く打ち出すダンス。

    舞踏は西洋や東洋他世界のあらゆる所で形づくられてきた「美的感覚」「美的価値観」と
    別の所にあるダンスだと思う。一種の優越の意識でさえある「美」というものへの、反旗。
    ただ、誰にでも多少はある優越と劣等の意識は容易に裏返るし、いずれも意識の進化の中では
    一時的な仮の状態であり、成熟した意識の状態とはいいがたいと思う。

    世界が万物の中から「美」を切り出し、つくりあげ、磨き上げていったプロセスの中で
    切り落とされ、捨てられはじかれたものを拾い集めて、その中で従来のダンスの影に押し込められた
    部分から独自のスタイルをつくり上げた「暗黒舞踏」。

    だから個人的感想としては、一般に暗黒舞踏は一種の「反・従来の美意識」にスポットを当てていながらも、
    やはり同じ延長線上にある「耽美主義」であるのだと思う。
    一見グロテスクに見える暗黒舞踏の、確立された様式美。
    彼岸の黒い花、竹内実花のダンスは目に焼きつく程きれいだ。

    暗黒舞踏

    竹内実花さん


    竹内さんは暗黒舞踏の流れをきっちり踏襲した、「butoh」のとても優れたダンサーです。
    そして、それと同時にその中で竹内さん独特の力と何か別の動きを感じることがありました。
    オフの時は小柄で楚々とした、端正な女性です。
    でも舞台でみせる強烈な存在のエネルギーの人並み外れた強さは、誰の心をも動かすと思います。

    数年かけて観たのは公演「草刈る月」(偶成天と馬頭琴奏者 嵯峨治彦さんとの共演)、
    数度の市のイベントで大通公園での路上パフォーマンス、
    そしてアクシデントが起きたような、ライブでのセッション
    (竹内実花さんとシタール奏者の井上憲司さん)
    この中での竹内さんの変化が、私にとってもとても印象深いものでありました。


    ★さて、ここから他民族音楽とのセッションでの竹内さんのことを書きます。
    正直言って、「暗黒舞踏」と「民族音楽」は本来はあまり合わないものだと思います。
    それ用に合わせて演奏しない限り、ちょっと難しい組み合わせ。
    なのに偶成天、そして竹内さんは結構好んで共演してしまいます。

    客席サイドからすると、そのセッションの予告の案内が出る度に思うのです。
    「果敢なことを・・・」と。
    暗黒舞踏は独特の感性の世界、スタイルがはっきり確立されたダンスなので、
    その舞台に異物(合わない種類の民族音楽)が混入すると
    ダンサーサイドはかなり苦しいはずなのです。でも、竹内さんはこの結構なミスマッチを栄養に
    着実に力を強めている気がしています。

    ※ここは音楽のコーナでないですので、演奏家の音楽のことは最小限にとどめます。

    「草刈る月」(馬頭琴奏者 嵯峨治彦さん(booxbox))との共演)

    これは年を置いて、二度観ました。大掛かりな公演でしたので、
    音楽担当の嵯峨さんはこの公演にとてもよく映える音楽をつくり、演奏していました。
    ただ嵯峨さんご自身のキャラクターや存在が暗黒舞踏、butohとかけ離れています。

    初回はあだっぽいけど自虐的な感じで、好きなダンスではなかったです。
    技術的にはとても良かった。
    でも二回目は表現以前にダンスそのものも素晴らしかったし、特に前半の最初のうちの表情
    とダンスは「入っていて」すごかった。本当に。
    前回に比べてダンスの表現の「遊び」が抑えられていて、その分引き締まっていて素晴らしかった。
    (前も別に無駄な表現があった、と感じなかったけど今回に比べたら)


    「セッションのアクシデント」(シタール奏者の井上憲司さんとの共演)

    これは暗黒舞踏の公演ではなく、SOSO CAFEというアートギャラリーを会場に行われた
    短い即興、セッションでした。
    なぜこれを私が「アクシデント」と勝手に呼ぶかというと、暗黒舞踏にまるで合わない演奏を
    井上憲司さんがしたからなのです。井上さんはいろいろなダンサーとかなりセッションをしてきてるので
    間違いがあるとは思えない方です。
    でも、あの時は最初は井上さんの何かの間違い、次には冗談か意地悪かとさえ思った。
    しかし結局それは今までにない竹内さんの素晴らしい面を引き出した音楽になりました。

    シタールの音楽は決して暗黒舞踏「butoh」にさ程合わない訳ではないと思っていました。
    しかしあの日はまるでマンドリンの演奏の音色にも似たリズミカルな弾きかた、
    のんきで明る目の陽気な音楽。

    「正統派の暗黒舞踏のダンサーに、これで踊れというのか?」
    あの時は井上さんの大ファンの私でも、竹内さんが気の毒に思えた。

    いつになく豪奢なlaceの白い衣装の竹内さんは最初戸惑った様子でしたが、
    さすが即興でダンスを始めました。
    以下のストーリーは私の個人的主観の産物で、ただそういう風に見えたというだけです。

    「お屋敷の気の狂ったお嬢様のお出かけ」でした。
    陽気な音楽にのって、おめかしして通りを歩こうかなぁ、と。
    結局出ないで庭くらいで止まってる感じ。

    どこかがかなり変になってしまっているのですが、
    守られているので周りから傷つけられる心配とかもあまりなくて、

    家が何不自由なく一生生活に困らない、何の心配もない人。
    自意識さえも持たなくていい位、自分のいる世界では
    女主人であり続けられる女の子。

    何の心配もなくて一応全部思い通りになるのだけど、
    だけど、それでも気まぐれに邪悪な衝動とか、
    凶暴な感じの気持ちがよぎったり。

    そしてそういう部分を人とも分かち合いたい感じ。
    ここまでは、本当にいつもの暗黒舞踏のスタイルのダンスでした。

    で、演奏している井上さんの表情が何となく、
    別に同情してるのでもないし、
    女の子を蔑視してるわけでも全然なくて、
    でも「こんなんでいいのかよ〜」という小さな叫びが
    うつむいた、全身にあったりして。

    であまり変化のない曲想が続くにつれて、
    これって「クリニック」みたい演奏だなぁ、と
    思うようになった。

    かまわず気の向くままに、
    いろんな衝動の中にいる女の子。
    好きに体を動かして、好きなところをみているのですが、
    どちらかというと荒れた感じを与えるのですね。

    そして曲が進むうちに、
    音楽が何かを鎮めて、整えて、流して、
    それにつれて変化していく女の子。

    この辺からいつもの暗黒舞踏とは微妙に違ったダンスに
    なってきたのです。

    さっきに比べて動きは少なく、格段に大人しいのですが、
    やはり自分の思うように動いている。

    ただ上手く言えないけど、
    前と違うのは、何か大切なことか、尊いものがあることに
    触れたような気がしたこと。

    光や水とかそういうものでもいいし、
    何か自分が生きてることの何かでもいいし。

    世間とかそういうのの目とまた関わりない、
    誰でもある自分だけの何かを。
    (別に夢とか命とかそういう大それたことでなくても)

    生活に不自由ない人でも、不自由ある人どちらでも、
    ささいなこと一つでもいいからそういう感覚がないと、
    荒んでいってしまいがちなのは、誰でも同じだと思う。

    そういう感覚を覚えて、
    何かそういう何か大切なことか、尊いことがあることを感じたことで、
    逆に自分の存在の大事さも分かる感じ。

    気の向くように、気の済むように動いていたのは変わらないけど、
    その動きは、何かの衝動に身を任せる感じでもなく、
    発散でもなく、

    ああ、これって「表現」の動き、
    所謂あの、「女の子が踊りを踊るだけでなく、ダンサーになる」ということなのかな?
    と思いました。

    うん、こじつけかもしれません。

    ※この後、思ったのです。竹内さんのダンスの舞台で
    ヘレンケラーの「奇跡の人」みたいなのか、又はそれのダンサーバージョンみたいのを
    のをやったのを観たいなぁ、と。
    こういうのめちゃくちゃワガママですが、観たい観たいと思ったのでした。

    あと、微妙な線でアンデルセンの「赤い靴」みたいなのもいいなぁ。


    竹内実花HP


    森田一踏さん

    偶成天の暗黒舞踏は彼によってbutohと表記されています。
    butohとは森田一踏によると「正直な心身をつくること」。
    それはアートの表現としてもそうであり、ダンスセラピーによって
    心身の防衛機制をゆるめることでもそうであります。

    竹内さんの所では、主に芸術表現中心に記事を書いてきましたが、
    ここではbutohのもう一つの側面についても。

    偶成天は、単にアートであるだけでなくその表現すべてが
    身体心理学に基づいたダンスセラピーで、裏打ちされています。
    続けてきた竹内敏晴、野口晴哉、アレキサンダー・テクニック等の彼の研究成果がbutoh。
    最近知ったのですが、森田一踏さんはダンサー以外にもう一つの顔を持っています。
    葛西俊治先生という名前の、大学の心理学の教授です。

    実はbutohを知るずっと前、私は市の小さな会場を借りて行われた教授の身体心理学の
    勉強会に参加させて頂いたことがちょっとだけあります。
    しかしその葛西教授が「森田一踏」と同一人物だと知ったのは、つい先日でした。
    勉強会の講師・学究の徒、インテリジェンスにあふれ、
    物静かで気弱にさえ見えたあのお方が・・・・まさか。
    この落差の激しさ。(まさか)

    あの教授の研究の実践が、この偶成天のbutoh。
    理論に基づく、素晴らしいダンスセラピーではありますが、
    アートとしても見事なものです。

    私は暗黒舞踏自体はあまり好みのダンスでないので、
    ますますあまり良く分っていないと思います。でも正直に感じたことを書いてみます。

    偶成天の舞台は、市のイベントの路上のもの以外は男性舞踊手の出番が少ないです。
    私は彼のパートは、彼女を「迎えに来る」役だと思っていました。
    彼女のイマジネーションが具現化した世界で遊ぶような竹内さんを。

    彼の短い踊り、存在のエネルギーの強さは竹内さんのそれと共振し、
    竹内さんのダンスを収斂させて、クライマックスへと導き変化させていきます。
    うごめくエロティシズム、屈強さ。
    竹内さんの存在をやすやすと腕の中に収め、
    犯して制すような彼の踊り方が紙一重で猥褻にならないのは、
    ひとえに彼の厚みのある存在感と身体、ダンスに漂う品格、優しさのためだと思う。
    鋼のような竹内さんの傍若な、ダンスの自律性と合いあまって。

    どうしてか「森田一踏と竹内実花」は互いに絶妙なパートナーシップを持ちながら、
    すれすれの所で決して交わらずに、それぞれがひとりのまま終る。

    それが偶成天の未成熟さであり、もしかしてそれが人間の真実の一つの側面、
    「ひとりで生まれて、望んでも決して誰かとひとつにはなれず、
    ひとりで死なねばならない」すべての人間の宿命、孤独を表現しているのかもしれない。
    だから舞台で少女にも老婆にも見える竹内実花は、森田一踏の理想の女性なのだろうか。


    葛西俊治HP

    偶成天HP


    ★偶成天はお客さん達の人気がとても高い割りに、公演の数がとても少ないです。
    それはスポンサーなしで自分達で活動せざるを得ない状況だったからです。
    もっと竹内さん達を観たいファンは沢山いるのですから、
    ここでもやはり「マハラジャごっこ」っていうのがあるといいなぁ、と思います。
    塵も積もれば山となる!!!




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